松岡修造の経歴に学ぶチャンスをものにするたった1つの方法

松岡 修造 経歴自分の力で稼ぐ考え方

あなたへ向けて書いているこのブログでは、とにかく行動することを勧めています。行動なくして目標の達成はあり得ません。

 

本日ご紹介する方は、全国で実施している交流会やセミナーで毎回のように語っている方です。

 

とにかく行動してもらうために、交流会やセミナーでは行動しない人への「最後の手段」として、この方のエピソードを語っています。

 

この方は、自分を育ててくれたスポーツを日本でもっと普及させるために、後進プレーヤーの育成にも情熱を注がれています。

 

私もこの方の熱い思いを見習って、自分を育ててくれた個人貿易ビジネスの素晴らしさをもっと広めるために、日々のサポート業務や全国交流会の開催に情熱を注いでいます。

 

松岡修造さんの経歴はまるで映画やドラマの主人公

関西私鉄の雄である阪急電鉄や、映画の名門である東宝をはじめとする「阪急東宝グループ」の創業者を曾祖父に持ち、父親は東宝の社長、親族には政財界関係者が多く、まさに超エリートであるこの方は、あるスポーツの元プロ選手です。

 

プロを目指していたころ、東宝の社長である父からは猛烈な反対を受け、一切援助を受けることができませんでした。実は反対していた父も、かつてはこの方と同じスポーツのプレーヤーだったのです。しかも、世界大会の日本代表として出場するレベルの実力を持っていました。

 

しかし、実業家としての道を歩むために用具やトロフィーなどを全て処分しており、経歴を一切抹消していたのです。そのため、この方は自分の父親が自分と同じスポーツをしていたことを全く知らなかったというエピソードが残っています。まるで映画やドラマのようです。

 

こういったことを、本人は自ら語ることがないので多くの方には全く知られていません。

 

スポーツキャスターやタレントとして活躍され、オリンピックの時期に日本の応援団として選手を励まし続けている、元プロテニスプレーヤーの松岡修造さんです。

 

松岡修造さんの名言

修造さんには数多くの名言があって、そのどれもが心を動かされるものです。そのなかからいくつか紹介します。

 

100回叩くと壊れる壁があったとする。でもみんな何回叩けば壊れるかわからないから、90回まで来ていても途中であきらめてしまう。

何かを認識してやってみることが体験。その体験を二度三度重ねていくことで経験になっていく。

弱気になったとき、まず一ヵ月後の自分を想像してみる。それが自分の好きな姿だとしたら、そのために何をするべきかを考える。そうすれば、少なくともその日までは目的意識を保ち続けることができる。

 

応援メッセージ・諦めちゃダメだ!

今は動画の時代です。修造さんのオフィシャルサイトでは、これらの熱い名言を応援メッセージとしていつでもみることができます。このサイトは私のブックマークに入っています。

修造メッセージ | 松岡修造オフィシャルサイト | SHUZO MATSUOKA OFFICIAL SITE

 

たいていの悩みごとは、この応援メッセージをみると吹き飛びます。あなたもブックマークに入れておきましょう。

 

修造さんと錦織圭選手の関係性

さて、そんな修造さんですが、プレーヤーとしてはテニスの四大国際大会である「ウィンブルドン選手権」でベスト8に入賞して、世界ランク46位は日本人最高位となり、当時の日本人ランキング1位であったというかなりの実力者でした。最近、その記録を塗り替えたのが、あの錦織圭選手です。

 

修造さんは少年時代の錦織選手を指導された経験があり、世界を視野に入れて、アメリカのテニス選手養成学校への留学をすすめたのも修造さんなのだそうです。

 

修造さんはあえていばらの道を進んだ

華々しい家系で育った修造さんは、慶應義塾の幼稚舎から高等学校まで進みました。ここまでならば、よくある名門エリートコースです。しかし、ここで修造さんは自らの限界にチャレンジするために、あえてエスカレーターから飛び降りていばらの道を進むことになります。

 

すごすぎます。何度もいいますが、ドラマや映画の主人公です!

 

恵まれた環境を自ら捨て、猛練習で有名な福岡県の柳川高校に転校します。柳川高校は多くのテニスプレーヤーを輩出していることで有名ですが、野球に詳しい方ならば、プロ野球選手も多く輩出していることをご存知かと思います。

 

実家からの援助を一切絶ち、自分の実力だけで勝負をするために、何の縁もゆかりもない場所に身をおきました。

 

日夜猛練習に励むことでテニスの実力はさらに伸び、インターハイではシングルス・ダブルス・団体戦全てで優勝を勝ち取り、高校生プレーヤーの頂点に立ちました。そして、柳川高校を中退してすぐにプロプレーヤーに転向しました。

 

修造さんに学ぶチャンスをものにする方法

しかし、プロ転向直後は順調だったものの、次第に伝染病やケガに悩まされる日々を送ります。そこで諦めることなく大会に出場し続け、ついにウィンブルドン選手権の出場権をつかみます。

 

この出場権は、当時の世界ランキングが100位以下であった修造さんには本来えられるものではなく、欠員が出たことから偶然回って来たまさに千載一遇のチャンスでした。そのチャンスを見事にものにして、準々決勝の対戦相手である当時の世界ランク2位のサンプラス選手に敗れるまで勝ち続けて、ベスト8の栄光を手にすることができたのです。

 

対戦相手のサンプラス選手は、ウィンブルドン選手権の男子シングルスにおいて7回もの優勝回数を誇る世界的テニスプレーヤーです。

 

チャンスというものは、何も行動しない人には回ってこないものです。修造さんも苦しいときであっても諦めずに行動し続けたからこそチャンスが回ってきて、それを自分のものにすることができたのです。

 

まとめ:修造さんの言葉は説得力がある

用意できる資金が少ないので・・・

仕事が忙しくて時間が確保できないので・・・

自分には才能がないので・・・

 

修造さんの応援メッセージをみたら、このような甘い言いわけはできません。

 

資金力や恵まれた環境を自分から捨てて行動し続けたからこそ、世界の大舞台に立つという夢をつかんだ修造さんの言葉はとても重く、そして説得力があります。

 

行動できない理由を資金力や環境のせいにしているうちは進歩することなどありません。

 

行動できない理由を外に求めるのではなく、自分と向き合っていくことが大切なのです。自分の壁は自分で崩して前に進むしかないのです。

 

あなたが抱いたその夢は、自分の力で行動し続けて叶えるしかないのです。

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